バルカンをフィールドワークする―ことばを訪ねて

中島由美

バルカンをフィールドワークする―ことばを訪ねて

バルカンをフィールドワークする―ことばを訪ねて

 長いおつきあいをお願いするインフォーマントを探している時のこの気持ち、「この人、なってくれるかな」と、遠慮がちに相手の顔色を窺う一方、それとは裏腹に「この人、どうかな」などとひそかに品定めをする人の悪さ。もしかしてお見合いもこんな感じでしょうか?

 とはいえ、確かに彼女のセルビアクロアチア語は、私が言うのもなんだけれど、悲惨だった。兄嫁と話すのを聞いていても、抑揚のない調子でモニャモニャ言い始める。相手にうまく気持ちが伝わらないのを悟ると、テレ笑いしてそのままムニャムニャにしてしまう。カンが鋭いだけに、言葉のもどかしさは自分でも苛つくし、相手にも気を遣ってしまうらしい。嫁さんは嫁さんで万事几帳面な性格そのもの、きびきびした物言いに加えて、セルビアクロアチア語アクセントのお手本のように活発に伸縮上下する抑揚を駆使しつつ、義妹の真意は奈辺にありやと攻めてくる。こちらはのらりくらりでのれんに腕押し、糠に釘、観察を決め込むこちらもハラハラし通しだった。

 慣れぬ言葉に緊張しつつ(もう言語地理学は通用しないし、)留学生担当事務所をやっとこ捜し当てると、歓迎も何も「なんだ、もう着いたのか」とあきれ顔。

*この本は面白かった。まぁ、その文体で惑わされてる部分が多々あるんだろうけれど、実際に行ってることもかなり面白いと思う。まず、留学ってのがこんなに面白いものなのかと思った。まぁ、これがアメリカとかイギリスとかだったら、そんなに驚きはないのかもしれないけれど、共産国だから、アフリカからの人が着たりなんかしてっていう驚きがあった。読みながら、ワクワクしたし。この作家はかなりチャレンジ精神旺盛な人なんだろうと思う、ってはじめは男性かと思いきや、女性だったし、うむ、すごし。男性だとこうは開けっぴろげに好奇心旺盛なところをかけないのかも知れない。
 うむ、内容でなくして、文体的な面白さってのが、どういう部分なのか、もう少し考えてみるに、この本を読んでもよくわからないんだけど、ユーゴスラビアってのは複雑な事情があるんだな。なんというか、「昔ヨーロッパの片隅に一つの国がありました」って言葉で涙する人がいるってのに象徴されるような、ぼくらにはわからに哀愁があって、たまにそこをすっと通り過ぎていきながら、サバサバといくあたりかな。そういう、複雑な国民感情みたいな垣間見せながらも、あくまで、目の前の人との出会いに焦点を当てて描いているあたりに、なにかはっとさせられるものがあるというか、いろいろと考えさせられるものがある。
 まぁ、そんなことより、基本的に、この作者のさっぱりした性格にほれてるのかもな。