諸星大二郎

「無面目・太公望伝」
 「無面目」瞑想だけしていた悟りを開いたような状態の"混沌"が、笑いを覚え、暴力に見入り、権力に拘泥し、女を愛し、農耕生活を慈しむようになる。途中、死を厭わない存在というのがテーマかと思ったが、何も無い状態から、さまざまな人間の感情や欲望を知っていくという内容だと気づいた。この作品を読み終わった時は、なかなかな読後感だった。
 「太公望伝」あとがきに堅苦しくなってしまったと書いてあったので失敗作かと思いきや、そうではなかった。放浪の人生を送る者が捜し求めるものは、もう一人の自分だった、となんとも僕が書いてみると拙いテーマに思えるが、実際はそういうテーマだとおもう。これは最後の方で、神みたいなものが現れた時に薄々わかったのだが、勘のいい人はもっと早い段階でわかったのかも。この作品もなかなかの読み応えがあった。歴史物が与える感動ってのは、やっぱあると思う。独特のものが。人生に何かを求めるってのは当然だが、その「何か」(目的)の先を気づくってところも面白いと思う。神に出会う、神に出会いたいって目的の、その先がわかった瞬間ってやつだろう。見通した時、そして明晰になれた時、その訪れ。