すらすら読める論語

u09042006-04-08

加地伸行 (著)
高橋和巳全集 第12巻」より引用

 そのあまりにも簡単な言葉が、この人間界のいかんともしがたい<不条理>に対する、いかんともしがたい嘆息であったことが解ってくる。汲々として徳行にはげみ、そしてなんら酬われることなく業病に倒れてゆく人間存在。あくまで現実的な思想家である孔子は、神の道にすがれとも言わず、天の道があやまっていると怒りもしない。しかし、激烈な言葉を吐くことなく、たた嘆息したにすぎぬことが、また孔子という人間存在の偉さを物語る。感動がじわじわと胸をつき、こうでしかあり得ない人間と人間との交わりの姿が、時空を超えてよみがえる。
 このようにして、私にはある時期に、はっと『論語』がわかったのだった。・・・かつては壁に投げつけるという矯激な振る舞いに及んだ同じ書物が、いまは、内部から私を励ます書物に転じている。その転換がいつ行われたのか、自らはつまびらかにしないのだが、その変化によって、また一度限りの自分の生の、いささかの起伏をも自覚する。