新日曜美術館

 テレビというメディアはすごい。作品やカタログでは分からなかった部分が見えてきた。はやり「映像」でオーストラリアの自然を見ると違う。エミリーがどういう場所で、あの絵を描いていたのかを知ることは非常に重要。またエミリーの近くにいる人たちが、どういう人たちであったのかも、作品を知る上で非常に重要だ。そうした意味で、この日の日曜美術館は、対象に対して非常にいい距離をとっていたのではないかと思う。作品の解説をあまりせずに、エミリーという人の周辺を取材することにより、作品の良さに迫っていたのではないかと。実際に作品を見て、そしてカタログもしっかり読んだからこその感想だが。非常によい番組であった。エミリーの作品のよさを強調するよりは、彼女のいた環境にスポットを当てる方が、エミリーの作品の鑑賞者に与える影響は大きいのだと思う。あまり作者の環境に重点を置くのは良くないことだが、エミリーの作品に関しては、映像で作品を解説する(解説してしまう)というのは、少しばかり邪道な気がする(気がしてしまう)。彼女のいた環境、場所を知ることの方が、作品をよりよく知ることになると思うからだ。作品から得る印象、その圧倒感の裏側にある壮大さ。そこを知るには、やはりエミリーのいた「環境」を知っておく必要がある。
 「常識」
 国立国際美術館の人がアウトサイダーでも異端者でもないと言っていたが、その通りだと思う。他の抽象画家には、何かしら"病理的"なものが混じっているように思う。これは仕方が無い。
 「意図」
 「文明」