世界文学を読みほどく

池澤夏樹

世界文学を読みほどく (新潮選書)

世界文学を読みほどく (新潮選書)

 つまり、祈るという行為と獲物が得られるという結果の間に、因果関係があると信じてるわけでしょう。ライオンはそんなことはしません。しかし、人間はその間を想像力でつないで、言ってみれば未来に投射して、例えば獲物を捕った仕草をすることが、明日実際獲物を捕る仕草に繋がるというふうな連想でその間を繋いで、獲物を撮る身振りだけをする。しかし、一人で想像をふくらませてそんな動作をすることは、実際には獲物は目の前にいないんだからバカみたいな話です。そこで、誰か、超越的な存在(神様でもいいですけれど)がそれを見ているはずだと考える。あるいは霊が、その祈りのための儀式をしている自分を見ていて、これを翌日の獲物と自分の出会いの場に応用してくれると思う。そういう信頼というか、信仰があるから、儀式に意味が生じ、祈りに意味が生じる。これはほとんど物語です。

 つまり、『ロブンソン・クルーソー』はフレームとして使いやすい話なんですね。一人の男、ないしは女、あるいは一群の人々が無人島に流れ着いて、そこで何とか生活を立てていく。その過程で、では生活とは何か。今の世界、文明世界で人が生きるとはどういうことか。文明がなくなった場合に、どうしたら生きていかれるか。何のために生きるか。そういうことを煎じ詰めて考える、一つの思考実験の装置として島は有効なんです。

ピンチョン「エントロピー

 今の物理学にとって非常に重要な基本的なこの考えが、人間社会に応用されるとどうなるか。全体は混乱に向かい、秩序は失われるのか。秩序が失われるということは、倫理とは無関係な単なる機械的な動きなのか、それともそれは一つの悪なのか。というふうなことが、テーマとしてそこの方に脈々とあります。

 もしこれらのこと全部がピアスのいたずらで、彼が生前仕掛けておいたものであり、エディパがそれにまんまと引っかかったのだとしたら、これは平凡な主婦のポジションに押し込められていたエディパを救い出すための仕掛けだったのかもしれない。つまり、彼女はこれによって目覚めるわけです。

 そして、この「温室」的なるものを裏から変えていこう、変革していこうという反逆の陰謀として偽の郵便制度があるのです。しかし実際には「温室」は強固に造られていて、中の温度が一定になるように、外から機械仕掛けで維持されています。

 ・「機械仕掛け」とは、〜、石油資本、産業資本、共和党的、政治、軍事力、商業主義、消費主義、マイクロソフト、IBM。アメリカ的な生活、市民の幻想を支えているもの。ぬるま湯を水と熱湯に分けるように、富を貧民と大富豪に分ける。「温室」と「街路」の比喩。

 要するに「温室」に扉を造るわけです。「温室」を造っているのが自分たちであるということになれば、当然自分たちで出口を造ることができる。アメリカ的な暮らしの外へ出ることは不可能ではない、こういう読み方もできます。

 独裁者、皇帝、王様が勝手なことをするから、世の中がうまくいかない。みんなで知恵を出せば全体はよくなるはず、と民主主義は信じているのですが、それがどこまで通用するか。民主主義の投票をする人々の大多数が、「温室」の中の現状維持を望み、ぬるま湯で潤った人々であるとしたら、外の連中はどうすればいいのか。「街路」の側は暴動を起こすしかないのか。それら全部が、よくわからない形で(というのは、これがたぶん現実に近いということなのだと思いますが)折りたたんで入っている。

う〜ん、池澤夏樹ってすごいね。
どっからこんな情報を得てるんだろ。
情報源が他の人と違う気がする。その嗅覚おそるべし。