読みなおす一冊

u09042007-10-03

朝日新聞学芸部


手塚治虫 「銀河鉄道の夜

 あえて日記というのは、主人公のジョバンニが実は狂言まわしで、性格的にも描写的にもカムパネルラが賢治自身とおもわれるからである。気が弱くて友情にあつく、ちょっと分別くさく、少女に好意を持ち、水に溺れて死んで行くカムパネルラは、おそらく賢治自身の過去と未来の姿であり、だからこそ、この作品が死の匂いの立ち込める印象に支配され、それが異様な感動をおこさせるのだ。そして、タイタニック号の遭難事故をおもわせる青年の述懐や死んで燃える火となるサソリのエピソードは、死に魅せられた賢治が日記のすみに書き込んだ覚え書きにあたるものではなかろうか。

澤地久枝 「アンネの日記

 アンネの日記は一九四四年八月一日の火曜日に終わっている。「自分はこういう人間になりたい、こういう人間になれると想像をめぐらしながら、そういう人間になる方法を、絶えず思案しています。アンネより」と書いた三日後、一階倉庫の雇い主の密告により、ドイツ秘密警察の男たちがかくれ家に踏み込んできた。

曾野綾子 「夜と霧」

 いわばこの本は、人間の弱さに対して目を開かせ、その結果、自分が十分に人並みな利己主義者であると認識することで、私の心に悲しみに溢れた解放感を残し、他人の弱さに出会った時は、それを自分の卑怯さと並列して考えねばならない、というもっとも大事な基本的な姿勢を私に植え付けたのである。

上野瞭 「さすらいのジェニー」

 物語は、ボス猫デンプシーとの死闘の結果、ピーターが人間として「再生」するところで終わるのだが、この物語の与える感銘は、人間の「内なる成長」に伴う哀歓をみごとに描きだしている点である。
 人は、さまざまな葛藤の中で、みずからを知り、生きる意味を確かめていく。ギャリコはそれを、猫たちの姿で示した。ひたすら眠る猫も、捨てたものじゃないということである。

河合隼雄 「グリム童話集」

 それは、昔話がいかに荒唐無稽に見えながらも、人間の心の成長の過程を深い層で把握したことが描かれているのだ、という認識である。魔女を殺すヘンゼルとグレーテル、「カエルの王様」のお話で、カエルを壁に投げつける姫、これらはその年齢における成長に必要な課題に立ち向かう人間の姿を、見事に描き出しているのである。

高橋康也 「不思議の国のアリス

 では、物語について考えたり読んだりするのはだれか。アリスくらいの娘をもつ親、キャロルや児童文学に興味のある人、などと答えることもできますが、もっと広くいって、こう考えられるでしょう 「不思議なもの」に驚きと不安と喜びを感じる童心をなお生き生きと保ちながら、同時にそれを相対化・論理化したいという気持ちをもっている人。

北杜夫 「星の王子様」

 しかし、彼が飛ぶ夜空には星々がきらめき、下方には明かりが点々としていた。人間たちが点す明かりである。そうした多くの体験から、人間は個々のはかない存在ではあるが、その連帯によって尊厳にもなり得るという信念が確実に彼の胸に刻まれたにちがいない。彼は幾つかの緊迫した小説を書いた。それは人間の意識が目ざめたときに抱ける夢、意志、行動、責任、愛というようなものである。そして、ほとんど最後に『星の王子さま』を書き残した。それゆえ、彼の人生を凝縮した冴えたものとなった。

う〜ん、ひさしぶりに読み応えのある文章に出会えた。
この本で、さらさらといろいろな人の文と接するうちに、自然と自分が好きな"文体"というやつがわかった。