薬指の標本

薬指の標本 (新潮文庫)

薬指の標本 (新潮文庫)

 「返しません。標本は全部、僕たちで管理、保存するんです。そういう決まりになっています。もちろん依頼者たちは、好きな時に自分の標本と対面することができます。でも、ほとんどの人がもう二度とここへは現れません。きのこの彼女もそうです。封じ込めること、分離すること、完結させることが、ここの標本の意義だからです。繰り返し思い出し、懐しむための品物を持ってくる人はいないんです」

 本人の意志や努力が既に運命なのだと、わたしは感じます。決して人生を否定しているのではありません。次の瞬間何が起こるか、わたしたちには少しも知らされていないのですから、やはり常に自分の力で選択したり判断したり築いていったりしなければならないでしょう。いくら運命が動かしがたいものだとしても、すべてをあきらめてしまうなんて愚かです。誰にとっても運命の終着は死ですが、だからと言って最初から生きる気力を失う人は。たぶんあまりいないはずです。

 中心にあるテーマは「無」で、そこにわけもわからず惹かれて落ちていく感じの人を描いてるんだと思う。多少の苛立ちをもって。
 小川洋子さんって意外とシュール。