アウラ・純な魂

カルロス フエンテス (著), 木村栄一 (翻訳)

フエンテス短篇集 アウラ・純な魂 他四篇 (岩波文庫)

フエンテス短篇集 アウラ・純な魂 他四篇 (岩波文庫)

最後に逆転。語り手が悪であった。
「純な魂」

 うまく説明できないけど、私たちはきっとそうとも知らずにお互いに支え合っていたのね。それはたぶん裸足の足の裏に感じとれる熱い砂や夜の静かな海、歩いている時にぶつかる腰、あなたがはいていた仕立ておろしの白くて長いズボンや買ったばかりの私の裾の広がった赤いスカート、そういったものと関係があったんでしょうね。

 文学なんて、本来教えようがないのよ。いくつかの作品を読んでみて、結局はひとりでやってゆくしかない、自分の考えで本を読み、ものを書き、勉強するしかないということに気がついたの。

 僕はクレマンスに腰をおろし、自転車に乗って通り過ぎてゆく若者たちを眺めたり、大聖堂の、鐘の音楽にまじって聞こえてくるまわりの人たちの笑い声や、話し声に耳を傾けながら、外の世界から逃避して目を閉じると、自分の中に閉じこもったんだ。自分自身の闇の中で、秘められた知性を研ぎすまし、魂のほんのかすかな動きにも敏感に反応するよう感受性を鋭敏にした上で、自分の知覚、予知能力、現在の厄介な問題を弓のようにぎりぎり引き絞った。未来を見つめ、それに狙いをつけて的に当ててやろうと考えたんだ。矢は放たれた。けれども的がなかったんだ、前方には何もなかったんだよ、クラウディア。手の先が冷たくなるほど懸命になり、苦しんだ末に心の中に作り上げたもの、それが打ち寄せる波に洗われる砂の町のように脆く崩れ去ったんだ。だけど、消え去ったわけじゃない、記憶と呼ばれるあの大海へ帰って行った、つまり、少年時代やいろいろな遊び、僕たちの砂浜、喜び、むせ返るような暑さといったものへと回帰して行っただけなんだ。僕たちは将来に向けていろいろなことを計画したり、びっくりするようなことをしたりしているけれど、すべてはあの頃の模倣でしかないんだ。

 自分を破滅させてはいけないわ。私は幼い頃の思い出を今も胸の中にしまっていて、それを忠実に生きているのよ。あなたが遠く離れたところにいてもべつに構わないの、大切な一点で結ばれてさえいればいいのよ。私たちに愛、知性、若さ、沈黙以外の何ものかになるようにと求めてくるものがあるけど、そういうものを断固として撥ねつけなければいけないわ。まわりの人たちは私たちを変えて、自分たちと同じ人間にしようと考えているの。

 私は手荷物を持ち、ベレー帽をかぶり直すと、出発ゲートの方へ降りてゆく。ハンドバッグとケースを両手に下げ、パスポートを指先でつまんでいるが、ゲートから飛行機のタラップまで行く間になんとかその手紙を引き裂き、冷たい風の中に撒き散らす。きっと細かく引き裂かれたその手紙は霧に運ばれて、あなたが幻影を求めて水の中に飛び込んだ湖の方へ飛んでゆくと思うわ、ファン・ルイズ。

解説

 私たちは結局のところ部分を見て全体と勘違いしているだけなのだ。