フランス幻想文学傑作選〈1〉非合理世界への出発

白水社

フランス幻想文学傑作選〈1〉非合理世界への出発 (1982年)

フランス幻想文学傑作選〈1〉非合理世界への出発 (1982年)

鷲見洋一

 結局、何事も起こらず、読者の期待は裏切られるかに見えるが、けっして充足されない感情と、その感情をどこまでも分析してやまない知性とのもつれの中に、恋というものの幻があると作者はいいたい気である。

サド「州民一同によって証言された不可解な事件」

 ぼくは罪悪を愛するがね、男爵、ぼくは罪悪を欲するが、ぼくの運命は罪悪を罰することをぼくに強いるのだ。

ジュール・ジャナン「オネステュス」

 「神よ、地上からこの美徳をすっかりとりはらって下さい。人間たちに悪徳を返して下さい。悪徳が人間を互いに結びつけるのですから。罪を返して下さい。罪は人間を注意深くさせ、法を愛するようにさせるのですから。神よ、人間たちがもう一度、そして変わることなく泥棒や根性曲がり、人殺しや密偵であり、文士であり、神を冒涜するもの、不敬虔なものであるように、そして女たちはいつもコケットで、人を欺き、金で身をまかせ、踊り好きであるようにして下さい。」

井村美名子

 人の暗い神秘を探求してきた幻想文学は、今世紀になって精神分析学が解明した諸問題を、はやくから開拓し検討していた事実は周知の通りである。